約15年前の、お盆に、父は、危篤の状態になり、8月17日の早朝に息を引き取りました。父は、地元の町役場に38年勤め、定年退職しました。退職後は、大阪での税理士法人でならば退職金と年金で悠々自適の日々を過ごしていました。しかし、運動不足と、大好きなお酒が祟り、退職してから、7年後に、寝たきりになりました。おまけにアルツハイマー症候群にも冒され、亡くなるまで自宅で過ごしました。子供は、5人いましたが、次男は22歳で亡くなったので、相続時は、4人でした。寝たきりになってからは、金銭の管理の一切は、母が行いました。父は、元気な時に、自宅以外の農地と、僅かな宅地の名義は兄に変更して登記を済ましていました。父がまだ元気な時に、私は、地元にUターンしました。その直後、父は兄に「自宅の土地・建物の名義を変えたら。」と私の前で言いました。兄は、「弟も帰ったのだから、名義はしばらくは、そのままにしたら。」と応えました。この時から、2,3年で、父は、心身の健康を損ない寝たきりになりました。その後、私は、結婚をして、家を建てることになりました。その時に、父の金銭の管理をしている母から、「1,000万円」を貰いました。この「1,000万円」を建築資金の一部にして、現在済んでいる自宅を建築しました。父が亡くなる5年位、前のような記憶があります。上の姉以外の、兄、下の姉と私は、近くに住んでいました。そこそこ、3人共、父の面倒を看ましたので、兄弟間のわだかまりはありませんでした。お互いに一切の事情を良く理解していました。父の葬儀が、一段落したときに、兄が「家と預金通帳の名義を変えるから、判子を押してくれ。」と言ってきました。私は、「分かった。」と応えて、後日に実印を、書類に押しました.我が父は、争いの種を残さず、美田を残さず、この世を去って逝ったのです。

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